ああ華族様だよ と私は嘘を吐くのであった

渡辺温

ああ華族様だよ と私は嘘を吐くのであった書籍情報

底本:「アンドロギュノスの裔」薔薇十字社
   1970(昭和45)年9月1日初版発行
初出:「講談雑誌」
   1929(昭和4)年4月
入力:森下祐行
校正:もりみつじゅんじ

ああ華族様だよ と私は嘘を吐くのであった 5

渡辺温

 いいよ 君が死ねば僕だって死ぬよ

 私達は予定通り、恰度一時間を費して、インタアナショナルを出た。
 真暗な河岸通りに青い街灯が惨めに凍えて、烈しい海の香りをふくんだ夜風が吹きまくっていた。
 元町へ抜けて、バンガロオへ寄って、そこで十二時になるのを待った。アレキサンダー君が、このダンス場の看板時間まで踊り度いと云うので、踊の出来ない私は、ぼんやりウイスキーを舐めるばかりで、旺んなホールの光景を見物しながら待っていたわけである。
 へべれけに酔っぱらった大そう年をとり過ぎた踊子(ダンサー)が、私の傍へ来て、ポートワインをねだるので、振舞ってやると、やがて彼女は、ダンス位出来なくては可哀相だから、教えてやると云って、私の両手を掴んで立ち上がるのであった。
 だが、彼女は直ぐに、蝋引きの床の上に滑ってころがった。何度でもころがった。
 私は到頭、やっかいな老踊子を、静かに長椅子(クッション)の上に寝かしてやらなければならなかった。